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高知地方裁判所 昭和56年(行ウ)3号 判決 1982年10月04日

原告

土居栄治

右訴訟代理人

山原和生

被告

高知県知事

中内力

右訴訟代理人

下元敏晴

外五名

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和五五年八月一一日付をもつて訴外田中オリビン礦業株式会社(以下「訴外会社」という。)に対してなした採石法三三条に基づく採取計画の認可処分は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前)

主文と同旨

(本案)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)について、いずれも共有持分権一七五分の一を有している。

2  ところで、採石業者である訴外会社は、昭和五五年五月一九日、被告に対し、本件土地を含む区域を岩石採取場とする採取計画の認可申請をなし、被告は、同年八月一一日付をもつて右採取計画を認可する旨の処分(以下「処分土地」という。)をなした。

3  しかしながら、本件処分は、次に述べるような重大かつ明白な瑕疵を有するものであつて無効である。

すなわち、前記のとおり、原告は、本件土地について一七五分の一の共有持分を有しており、したがつて、訴外会社は、他人の土地で採石を行うこととなるわけであるから、同社が本件土地にかかる採取計画の認可を申請するに際しては、採石法三三条の三第二項、同法施行規則八条の一五第二項七号により、同社が本件土地において岩石を採取するについて権限を有することまたは権限を取得する見込みが十分であることを示す書面(以下「権限を示す書面」という。)を添付しなければならないはずである。前記各規定がかかる書面の提出を義務付けた趣旨は、当該対象土地の所有権その他の財産権を徒らに侵害するが如き違法な岩石採取を事前に抑止することにあり、極めて重要な意義を有するものである。

ところが、原告は、訴外会社が本件土地を岩石採取場として利用するについて、何らの契約も同意もしていない。つまり、本件処分は、前記各規定によりその添付が義務づけられている必要書類を欠いたままなされたものなのである。

したがつて、本件処分は、重大かつ明白な瑕疵を有するものといわざるを得ず、無効である。

4  よつて、原告は、被告に対し、本件処分が無効であることの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

1  本件訴えは、原告適格を欠き不適法である。

すなわち、採石法三三条が、採石業者が岩石を採取するに当たつては、その採取計画について認可を受けなければならない旨規定したのは、採石災害の事前防止を図るため、岩石採取に伴う災害防止等に関する設備についての事前審査のために岩石採取を一般的に禁止し、認可基準に達する設備を有する者について、これを解除して適法に採取できることにしたものであつて、これにより、認可を受けた者に対し、何らの権利を設定するものではなく、単に不作為義務を解除するにとどまる。そして、採石法三三条の三は、採石計画の認可申請をする場合には、通商産業省令で定める書類を添付すべき旨を定め、これを受けて採石法施行規則八条の一五第二項七号は、前記「権限を示す書面」を添付すべき書類として定めているが、この規定は、行政上の規制の一つとして、採石計画に係る土地につき岩石を採取する権限がないことの明らかな者による無用な申請を排除することを目的としたものにすぎず、認可を受けた者に対し、当該土地に関して何らかの権利を賦与するものでは全くない。

したがつて、仮に原告主張の共有持分権が存在したとしても、本件処分によつて、訴外会社に対し、原告の右権利を侵害しうる権利を設定したものではないから、本件処分のために原告の権利が侵害されることはあり得ず、結局、本件訴えは、原告適格を欠くものとして不適法のそしりを免れない。

2  本件訴えは、次のとおり訴えの利益を欠き不適法である。

すなわち、原告は、本訴の提起に先立つ昭和五六年一月九日、採石法三九条一項に基づき公害等調整委員会に対し、本件処分の取消を求めて裁定を申請し、同委員会は、同年一二月一七日付をもつて、原告の右申請を棄却する旨の裁定をした。原告は、これを不服として、鉱業等に係る土地利用の調整手続等に関する法律(以下「調整手続法」という。)四九条、五〇条、五七条に従い、公害等調整委員会を被告として右裁定の取消を求める訴えを東京高等裁判所に提起し(昭和五七年二月一七日受理、昭和五七年(行ケ)第二八号裁定取消請求事件)、現在、その審理が進められている。

ところで、調整手続法五〇条は、いわゆる裁決主義を採つており、そのため、東京高等裁判所においては、公害等調整委員会の裁定固有の瑕疵の有無のみならず、原処分たる本件処分の瑕疵の有無すなわち訴外会社に対する認可処分の適否についても併せて審理判断がなされる。したがつて、現在、本件処分に瑕疵があるかどうかということについて、東京高等裁判所と高知地方裁判所において重複して審理されているわけである。

このことは、行政事件訴訟法の企図するところに著しく背馳し、本件訴えは、請求の不要な重複に該るものとして訴えの利益を欠き、不適法のそしりを免れない。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論

1  本件訴えは、次のとおり原告適格が肯定されるものであつて適法である。

すなわち、採石法施行規則八条の一五第二項七号が、採石計画認可申請にあたり添付すべき書類として「権限を示す書面」を定めた目的は、単に無用な申請を排除することだけにとどまらず、採石権限がないのにあえて岩石を採取することにより、必然的に当該土地所有者等の財産権を侵害する結果となる事態を抑止することをも企図するものである。採石計画の認可申請は、現実の採石行為を前提とするものであり、右認可処分があれば、採石権限がないにもかかわらず事実上認可を受けた者が採石行為に着手する可能性は十分考えられるから、認可処分権者が事前に違法な採石計画を認可しないことによつて、土地所有者等の財産権が保全される結果となる。

以上のとおりであるから、原告は、本件処分によつて前記の共有持分権を侵害されている者として、本件処分の効力を争う適格を有する。

2  本件訴えは、請求の不要な重複には該らず、訴えの利益を有する適法なものである。

原告が、被告主張のとおり、公害等調整委員会に対し本件処分の取消を求めて裁定を申請し、この裁定申請が棄却された後は、東京高等裁判所に右裁定の取消を求める訴えを提起し、現在、その審理が進められていること、そして、その審理については、いわゆる裁決主義が採られ、裁定固有の瑕疵のみならず、本件処分の瑕疵についても判断されることになつていることはいずれも認める。

しかしながら、右裁定取消の訴えは、本件処分の瑕疵に対する判断を求める部分に関する限り、本件処分の取消を求める訴えといえるものであるのに対し、本件訴えは、本件処分の無効確認を求めるものであり、両訴訟は形式的にも実質的にも大いに異なるから、本件訴えが請求の不要な重複に該るとは到底いえないのである。

四  請求原因に対する認否

請求原因1は否認する、同2は認める、同3は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一原告が、公害等調整委員会に対し、本件処分の取消を求めて裁定の申請をなし、右申請の棄却された後は、東京高等裁判所に右裁定の取消を求める訴えを提起し、現在、同裁判所においてこれについて審理が進められていることは、当事者間に争いがない。そして、右訴えの提起は、調整手続法五〇条が、原処分たる認可処分に対しては出訴を許さず、公害等調整委員会の裁定に対してのみ出訴することができる旨規定して、いわゆる裁決主義を採用しているので、東京高等裁判所の審理においては、裁定固有の瑕疵の有無についても判断されるわけである。したがつて、現在、当庁において、本件処分の無効確認を求める本訴が係属していると同時に、東京高等裁判所において、実質的には本件処分の取消を求める訴訟も係属しているものということができる。

二そこで、右両訴訟の関係が問題となるところ、被告は、これに関し、本訴は請求の不要な重複に該る旨主張するので、これについて判断する。

1  行政事件訴訟法は、抗告訴訟の類型の一つとして取消訴訟と無効確認訴訟とを設け(同法三条二項及び四項)、右両訴訟に対応する規定(取消訴訟に固有の規定としては同法八、九条、一〇条一項、一四、一五条、二五条ないし三二条、無効確認訴訟に固有の規定としては同法三六条)をそれぞれ設けているが、この中で右両訴訟の基本的な性質の差異として認められるものは、取消訴訟については、審査請求前置(同法八条一項但書)及び出訴期間の制限(同法一四条)の各規定が適用されるのに反し、無効確認訴訟については、右の各規定の適用がないという点であり、この点が、右両訴訟の意義ないし機能を識別する決定的な要素というべきである。すなわち、無効確認訴訟は、公権力の行使に関する不服の訴訟(同法三条一項)として当該行政処分の効力を争う訴訟である点では、取消訴訟と全く同様であるが、それが取消訴訟とは別個の訴訟類型として認められた理由は、取消訴訟には、審査請求前置、出訴期間の制限の各規定が適用されるため、その限りで、仮にある行政処分に瑕疵がある場合にもその取消を求め得ない場合を生じるところ、当該行政処分に重大かつ明白な瑕疵がある場合には、そのまま当該行政処分の効力を争い得ないものとしておくことが社会正義に反するため、そのような場合には、当該行政処分を無効なものとし、取消訴訟に関する前記各規定の拘束から解放し、例外的に当該行政処分の効力を争える余地を残した点にあるものというべきである。

かかる見地からすれば、たとえ瑕疵ある行政処分がなされた場合にも、その取消訴訟が適法に係属している限りにおいては、他にその無効確認訴訟の提起を認める必要性は全くないわけである。したがつて、右のような取消訴訟と無効確認訴訟とが同時に係属している場合には、後者は請求の不要な重複に該るものとして訴えの利益を欠き、これを審理する裁判所としては、不適法却下するほかないものと解するのが相当である。

2  もつとも、実体上、無効原因は重大かつ明白な瑕疵をいい、取消原因は瑕疵一般をいうものと解されていることから、取消訴訟と無効確認訴訟とは、一見、訴訟物を異にする全く別個の訴訟類型とみる余地もなくはないようにみえるけれども、前記のような取消訴訟と無効確認訴訟との関係に照らして、無効原因と取消原因とを機能的に考察するならば、無効原因たる「重大かつ明白な瑕疵」とは、取消原因たる「瑕疵」の量的一部にすぎず、取消原因と無効原因とはいわば大は小を兼ねる関係にあるものと解するのが相当であり、このことは、取消訴訟において、重大かつ明白な瑕疵が認められた場合にも単に当該処分を取消す旨の判決をしているのが実務の取扱いであつて、これを否定すべき実質的理由は全く見出せないことからも首肯される。したがつて、実体上考えられている無効原因と取消原因との相違から両訴訟を全く別異なものとみるのは相当でない。

3  また、行政訴訟手続上、右両訴訟間に認められる主な相違点としては、前記のような重要な差異のほか、原告勝訴判決における対世効の有無や立証責任の分配の問題があるけれども、これらの点について考慮してみても、適法に係属する取消訴訟において当該行政処分の取消を求めている者に対し、これとは別個に無効確認訴訟を提起する必要性を肯定してやらなければならない根拠は全く見出し得ない。けだし、原告にとつては、取消訴訟において勝訴すれば、無効確認判決には認められない対世効を付与されてより有効となり、また、取消訴訟においては、当該行政処分の適法性につき被告たる行政責任を負うものとされているのであるから、重大かつ明白な瑕疵の存在につき原告が立証責任を負うものと解されている無効確認訴訟と比べ、訴訟追行の上でも原告の負担がより軽減されるので、取消訴訟を認めるだけで、原告の権利保護に何ら欠けるところはないからである。

4  以上の理由により、ある行政処分に関する取消訴訟が適法に係属している場合には、右と同一の処分に関する無効確認訴訟は請求の不要な重複に該るものとして訴えの利益を欠き、不適法として却下を免れないというべきである。なお、右に述べたような両訴訟の関係に鑑みれば、右結論は、右両訴訟が提起された先後関係を問わないものというべきである。

三これを本件についてみるに、前記のとおり、現在、東京高等裁判所に、実質的には本件処分の取消を求める裁定取消の訴えが係属しているが、右訴えは、当然のことながら公害等調整委員会の裁定経由後に提起されたものであり、また、<証拠>によれば、被告たる公害等調整委員会から出訴期間徒過その他の本案前の抗弁も提出されておらず、右訴えが適法に係属していることが認められるのであるから、原告としては、右裁定取消訴訟において本件処分の効力を十分に争うことができ、これと別個に本件の無効確認訴訟を継続させる必要性はいささかも存しないというべきであり、本件訴えは、訴えの利益を欠き、不適法として却下を免れないものといわなければならない。

四なお、付言するに、調整手続法五二条は、「①裁定に対する訴訟については、裁定委員会の認定した事実は、これを立証する実質的な証拠があるときは、裁判所を拘束する。②前項の規定する実質的な証拠の有無は、裁判所が判断する。」と規定し、いわゆる実質的証拠の原則を採用しているけれども、そのことの故に前記結論が左右されることはない。

すなわち、右の原則は、公害等調整委員会の認定した事実につき合理的根拠たりうる証拠があるときには、裁判所は右認定事実に拘束されるというものであり、その限りで裁判所の事実認定を制限するものであるが、これは、もとより審判の対象それ自体を制限するものではないから、当事者が裁定取消訴訟において本件処分の瑕疵を主張して裁定の取消を求めるに何らの制限はないのみならず、右事実認定上の制限も、要するに、特定の専門的分野において専門的技術的に深い知識と経験を有する行政委員会が、慎重な準司法的手続によつて行つた事実判断を尊重しようという趣旨に出たものであり、当事者は、裁定委員会の審理手続において十二分に攻撃防禦を尽くす機会があり、裁定委員会はその当事者の攻撃防禦活動を前提として事実を認定するものであるから、当事者が裁定委員会において誠実に攻撃防禦活動をする限り、実質的証拠の原則下においても、当該行政処分に重大かつ明白な瑕疵がある場合に、当事者がその瑕疵を主張して裁定の取消を求めるのに対しいささかも制約を受けるものではない。そして、前記のとおり、調整手続法五二条二項は、「実質的な証拠の有無は裁判所が判断する。」と規定して、裁定委員会の証拠に基づく事実認定の方法が合理的でない場合には、裁判所は裁定委員会の事実認定に拘束されない旨を明らかにしているし、また、同法五三条は、①裁定委員会が正当な理由がなくて当該証拠を採用しなかつたとき及び②裁定委員会の審理に際して当該証拠を提出することができず、かつ、これを提出できなかつたことについて過失がなかつた場合には、当事者は新しい証拠の申出をすることができる旨を規定しているから、これらの点からも、当事者が、当該行政処分の瑕疵を主張している裁定の取消を求めることについて、制約や不利益を受けるおそれがあるということはできない。

したがつて、調整手続法五二条が、実質的証拠の原則を採用している点を考慮してみても、本件処分の無効確認を求める本訴の係属を維持しておかなければならない必要性は全くないものというべきである。

五以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、本件訴えは不適法としてこれを却下すべく、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(山口茂一 増山宏 坂井満)

目録<省略>

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